実は・・・

辛い毎日の中、

心の支えにしていた彼氏と

お別れすることになった私。

 

悲しみや喪失感が大きいかと思いきや、

別れた途端、

別れ方や付き合っていた間の言動への不満が募り、

怒り以外何も感じませんでした(笑)

 

フラれたー!と友人に連絡すると、

みんな慰める会を開いてくれたのですが、

口を揃えて、

 

「前言ってた親睦会の彼と連絡取れないの?

話聞いた時、結構好きそうな感じだったよ」

 

と言われました。

 

私自身、彼のことは覚えていて、

ずっと気になっていたので、

共通の知り合いに、

彼女がいなければ連絡先教えてほしい

とお願いしてみました。

 

この後特に面白い展開もないし、

このブログでは別のことをメインで伝えたいので

先にネタバレしてしまうと、

この親睦会の彼が今の夫で、

発声障害と闘っている私を支えてくれています。

 

今私は、パワハラによって発症した発声障害

悩まされていて、治療を続けているところですが、

パワハラついでに連れて行かれた親睦会で

夫と出会い、夫の協力を得て、

私なりのゴールが見えそうなところまでこれました。

 

パワハラに苦しめられたけど、

パワハラのおかげで最愛の人と出会えた。

 

この事実に、

なかなか心の整理がつかない日々を送っていましたが、

自分と深く対話し、内省して、

やっと一連の運命だったと

受け入れることができています。

 

これからは発声障害を克服中の私が、

日々どのようにマインドセットを行い、

気持ちの整理をつけて

前を向けるようになったかを

綴っていきたいと思います。

 

 

 

親睦会で出会った男性

嫌々参加させられた親睦会で

話しかけてくれた男性に惹かれてしまった私。

 

彼も私を気に入ってくれているようでしたが、

当時私に付き合っている人がいたので

それ以上の進展はありませんでした。

 

付き合っている彼からは

相変わらず大事にされていなかったのですが、

自分を愛してくれる人がいる、

という状況に依存してしまっていた私は

交際は順調だと自分に言い聞かせ、

親睦会の彼のことは忘れることにしました。

 

ふとした時に、

今彼氏いなければ、あの人がよかったな〜

と思い出しながら数ヶ月経った頃、

突然彼氏に別れを切り出されました。。。

 

 

理由は、、、

 

私の家が汚いから(笑)

 

彼はかなりの潔癖で、

私がエアコンのフィルター掃除を

サボっていたのがどうしても無理だったそう。

 

確かに半年以上掃除してなかったけど、

 

そこ!?笑

 

そんなにゴミ屋敷でもないはずだけど、

掃除も片付けも嫌いな私なので、

他にも気になるところが

たくさんあったのでしょう・・・

 

フラれた理由にも少し納得が

いきませんでしたが、

何よりそのシチュエーションに

腹が立ちました。

 

バスツアーデートを丸一日楽しんだ

帰り道にフラれたのです。

 

しかも別れることは朝から決めていたとのこと。

 

なんできたんや・・・

 

その日彼が風邪をひいていて、

(大したことないように見えましたが)

やたらとしんどがっていたので、

 

「かわいそうに、代わってあげたいなあ。」

 

と言ったら、

 

「ほんまに代わってほしいわ。」

 

と言われました。。。

 

そんなこと言う人いる!?と驚きましたが、

もう私に愛情がないから

風邪でもなんでも押し付けたかったんでしょうか・・・

 

なんだかこちらも全体的に冷めてしまい、

なんの未練もなくお別れしました。

 

 

嫌々行った親睦会

毎日仕事を押し付けられながらも

唯一楽しみにしていた

夏休みのハワイ旅行のために

睡眠時間を削って

なんとか終わらせようとしていた時、

予定外の親睦会を強制参加させられて

「なんかもう無理かも。」

と初めて思いました。

 

嫌々ながら、親睦会に出ましたが、

そのプロジェクトに関わっていないのは

私だけで、話もさっぱりわからないので、

曖昧に微笑みながらお酌だけしていました。

 

見るからに可哀想だったんでしょう、

上司たちがプロジェクトの話で盛り上がる中、

同年代っぽい男性がプロジェクトとは関係のない

他愛のない話で話しかけてくれました。

 

せめて楽しんで帰ろうと思って

その彼と色々と話していると、

食の好みとか趣味、行った事のある旅先まで

共通点が多いことがわかりました。

 

さらに、共通の知り合いもいて、

なんと同じ結婚式に出席していたことが判明!

 

なんだか運命的なものを感じてしまったのと、

彼との会話はひたすら楽しくて、

話していくうちにどんどん彼に惹かれていく

のを感じました。

 

彼も同じだったようで、

私のことを気に入ってくれている様子を

感じ取りましたが、

私には付き合っている彼氏がいたので、

それ以上踏み込まれないように

会話を持っていき、

彼も察したのかそれ以上距離を詰めることは

しませんでした。

 

ついに限界を感じた私の心

必死に活動した結果、

やっと彼氏ができたものの、

次第に雑に扱われるようになりました。

 

彼との関係性が変わってしまっていることに

心のどこかで気がついていましたが、

彼、というか彼との関係が

厳しい日常の唯一の支えになっていたので、

ネガティブな感情には蓋をして、

現実を見ないようにしていました。

 

振り回されることが多かったので、

今思えば心の支えどころか、

特に体力的に大きな負担になっていましたが、

それでも辛い現実に

再び1人ぼっちで放り出されるなんて

到底考えられませんでした。

 

 

吃音や言葉が出なくなる症状も一向に良くならず

NOとも上手く言えないため、

どんどん仕事を押し付けられる日々。

 

何か楽しみがないと生きていけない!と思い、

親友と夏休みを使って

ハワイに行くことにしていました。

(夏休みは期間内自由に取得することができました。)

 

そして、ずっと待ち侘びていたハワイ旅行の前の週。

 

容赦無く増えていく業務量を

休みに持ち越さないように

毎日終電まで働いていました。

 

しかし、同僚が進めているプロジェクトで

関係会社との親睦会が予定されていましたが、

その同僚が別件で参加できなくなったので

私に代打で参加するよう上司から言われました。

 

到底そんな時間は捻出できなかったのと、

同僚に別件を優先するように指示したのも

その上司なのですが、

誰がどう見ても別件はそれほど大事な会ではなく、

本人も親睦会の方に参加したいと言っていたので、

業務を優先したいと珍しく断りましたが、

なぜか許してもらえず、

もちろん業務の融通もしてもらえませんでした。

 

毎日毎日遅くまで働き詰めで、

唯一の楽しみのハワイ旅行にも

行くなと言わんばかりの対応に、

私の心はいよいよ限界を迎えていました。

 

 

心の支えを求めて

仕事は激務でいつも寝不足、

そして常に緊張状態で

存在することで精一杯の状態でした。

 

当時私は30歳。彼氏なし。

結婚願望は元々強い方ではあったけれど、

とりあえず私が心安らげる彼氏が欲しくて、

合コンやアプリで出会った人とデートしたりと

休みの日も休む暇なく活動をしていました。

 

その甲斐あって、

私のことをとても好いてくれる彼氏ができ、

彼に職場でいじめられていることや

言葉が出てこないことの

相談こそしないものの、

彼と過ごす時間は

仕事のことは考えないようにできたし、

週末一緒に過ごした後、

月曜火曜くらいは

症状も少し軽くなっているような気がしました。

 

しかし、残念なことに、

これが初めてではないのですが、

私にベタ惚れ状態でお付き合いした彼も、

2、3ヶ月ほど経つと

だんだん扱いが雑になってきました。

 

例えば、

私が23時すぎに帰宅して、

6時前には起きないといけないのに、

夜電話したいとしつこく言ってきて

1時間程電話をし、

彼は9時すぎまで寝ているのに、

「昨日電話したから眠たい・・・」

と言ってきたり。

 

そして、なぜか、

「大丈夫?今日も頑張ろうね!」

とか送ってしまう私・・・。

 

他にも、

大事にされてないな、と感じることは

色々ありましたが、

彼は私の心の支えになっていたので、

その事実からは目を背けてしまっていました。

 

自分は彼を愛しているし、愛されていると

必死に思い込み、

プライベートでも心を削ってしまっていました。

 

すぐ治ると思っていたのには理由があった

言葉が出なくなってパニック状態に陥っていた

私ですが、心のどこかで、すぐ治る!と

楽観的にも捉えていました。

 

もちろん、すぐ治る!と思い込みたかったのも

事実ですが、

実は、自分でもそう信じられる理由があったのです。

 

かなり前の話で、すっかり私自身も忘れていたのですが、

大学4年生の就職する直前くらいの時期に、

同じように、お店の予約なんかで

自分の名前を言おうとすると

すごくどもってしまうことがありました。

 

私は子供の頃、舌足らずだと

からかわれたことがあったり、

親と口論になった時に感情的になって

どもってしまったりしていて、

何となく自分の滑舌の悪さや話し方に

コンプレックスを抱いていました。

 

大学4年の頃、仲の良い友人が、

別の友人のことを、

 

「あの子吃音があるのよね。」

 

と顔をしかめて私に言いました。

 

私はそれまで吃音について

ほとんど考えたことはなかったのですが、

そう言われてみると自分も

多少どもっているような気がしてきました。

 

そしてその頃から、

どもるんじゃないかと心配になったのか、

自分の名前を言う時に

緊張してしまうようになったのですが、

社会人になって仕事をし始めると、

すっかり症状は出なくなっていました。

 

その時は環境が変わってすぐ治ったので、

今回も連休などきっかけさえあれば、

また治ると信じていました。

 

最も落ち込む瞬間

休みを迎えるたびに、

休み明けにはきっと治っているはず!

と自分に言い聞かせていた私。

 

大型連休がカレンダーの端に見えてくると、

その期待に縋って、自分を保っていました。

 

 

そして連休明け。

 

絶対大丈夫!元通りの私に戻っているはず!

 

と出勤するのですが、

毎回その期待は裏切られてしまいます。

 

 

この瞬間が最も落ち込みました。

 

ショックで仕事が手につかないし、

何より連休明けの自分に期待して先送りにしていた

電話を伴う仕事が山のように残っています。

 

せめてコンディションの良い日に延ばしたいけれど、

もうすでに連休前から先送りにされている案件なので、

いつくるかわからない調子の良い日まで待つなんて

悠長なことも言ってられません。

 

仕方なく、コンディションの良し悪しに関わらず、

嫌々めちゃくちゃどもりながら電話をかけていました。

 

せめて周りに人がいないタイミングを狙って

電話したかったのですが、

そういう時に限ってみんな自席にいて、

シーンとしていたりして、

逃げ出せるものなら逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。